福岡地方裁判所 昭和57年(わ)422号 判決 1982年6月22日
主文
被告人西山忠吉を懲役一〇月に、被告人庄司弥喜善を懲役一年にそれぞれ処する。
被告人両名に対し、本裁判所確定の日から三年間右各本刑の執行をそれぞれ猶予し、その各猶予の期間中被告人両名をそれぞれ保護観察に付する。
被告人庄司弥喜善から、福岡地方検察庁が庁外保管している漁船漁福丸(NS三―八三四四八)一隻(福岡地方検察庁・昭和五七年領外第七八七号の符号一一四号)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人両名は、山根満幸、梅野徳久、三丸一登、金子義弘、梅野利幸及び大韓民国在住のいわゆる密航ブローカー柳某らと共謀のうえ、被告人庄司弥喜善所有の漁船漁福丸(4.59トン・福岡地方検察庁・昭和五七年領外第七八七号の符号一一四号)を操船し、昭和五七年二月二一日午後五時ころ、長崎県対馬西方海上において、大韓民国から本邦に密入国しようとする大韓民国人李容式ほか二三名が乗船して同国から来航してきた船名不詳の木造漁船を右漁福丸に接舷させ、右李容式ほか二三名が有効な旅券又は乗員手帳を所持していないことを知りながら右漁福丸に移乗させた後、同船を操船して同月二二日午前二時五二分ころから同四時一二分ころまでの間、福岡市博多区築港本町二一七番地の二所在の櫛田神社飛地境内浜宮から北西約6.9メートル付近岸壁に接岸して右李容式ほか二三名を本邦に到着させ、もつて大韓民国人である右李容式ほか二三名が不法に本邦に入国するのを容易ならしめてこれを幇助したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
罰条
被告人両名につき刑法六〇条、六二条一項、出入国管理及び難民認定法七〇条一号、三条一項〜各懲役刑を選択
法定減軽
被告人両名につき刑法六三条、六八条三号
本刑の執行猶予の言渡
被告人両名につき同法二五条一項
保護観察
被告人両名につき同法二五条の二第一項前段
没収
被告人庄司弥喜善につき出入国管理及び難民認定法七八条一項本文(判示犯行の用に供した漁船漁福丸一隻(福岡地方検察庁・昭和五七年領外七八七号の符号一一四号)は犯人である被告人庄司弥喜善の所有に係るから)
なお、本件没収の対象となつた船舶については、第三者である厳原漁業協同組合が被告人庄司弥喜善に対する被担保債権八〇〇万円について抵当権を設定しているのであり、右設定当時同漁協は本件船舶が判示犯行の用に供されることを知らなかつたから、本件船舶の没収はできない、との見解も成立し得るように思われるので、この点について付言する。憲法二九条は財産権は侵してはならないこと(一項)及び財産権は公共の福祉に従うこと(二項)を規定するところ、右原則を前提としたうえで出入国管理及び難民認定法七八条一項は犯行の用に供した犯人の所有にかかる船舶はこれを没収することを規定している。しこうして、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法(昭和三八年七月一二日法第一三八号)の成立に至るまで、実務上、没収物に対する第三者の抵当権についても所有権と同様に問題となつたのに、右応急措置法は第三者の所有権についてのみ規定し抵当権については触れていない。近時、割賦支払いの方法による商品販売制度や、物件を担保とする金員融資制度の普及により、抵当権の設定のない船舶は殆んど存在しないものと考えられ、抵当権の設定されている犯人の所有物を没収できないものとすれば本件必要的没収の規定は空文に帰し、同規定の所期する犯罪の予防等という公共の福祉のための没収の目的は到底達せられないことになる。ところで、憲法二九条三項は財産権は正当な補償の下にこれを利用することができると規定するところ、本規定は公共の福祉のためになす正当な国家の行為により財産権の侵害を受けた者は国家に補償を求めることができる趣旨の規定であると解せられ、この規定によつて右二九条の一、二項の相反する原則の調整機能を果させようとしているものと考えられる。かようにして、公共の福祉の要請上犯罪人に対する本件必要的没収の規定の適用により財産権を侵害されたとする善意の第三者である抵当権者は憲法二九条三項の規定により国に対し正当な補償を請求をすることができると解せられるので、本件船舶の没収は何ら違憲、違法の疑いはないものと考える(臼井滋夫・鈴木義男・刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の解説((法曹時報一五巻九号一頁以下))参照、改正刑法準備草案七七条参照)。
よつて、主文のとおり判決する。
(池田久次)